ここ最近、マーケティングのメディアもカンファレンスも、そして経営者どうしの雑談まで、生成AIの話題で持ちきりですね。「あの新しいAIはすごい」「この仕事はいずれ置き換わる」といった話をよく耳にします。その流れの中で、こんな問いも聞くようになりました。

「AIが普及したら、AIが選択肢を並べてくれるし、比較表まで作ってくれるし、なんなら意思決定まで手伝ってくれる。だとしたら、これまで重視されてきた認知や想起は、重要性が下がるのではないか」
もっともらしい問いです。実際、検索して自分で比べる手間がAIに肩代わりされる場面は、これから増えていくでしょう。そこで本稿では、想起という考え方と、その土台にある「カテゴリーエントリーポイント(CEP)」「メンタルアベイラビリティ」という仕組みが、AIという新しい媒介者の登場でどう変わるのかを整理してみます。
先に結論をお伝えしておきます。想起の構造そのものと、その重要性は基本的に変わりません。変わるのは、思い出す主体が一つ増えたという一点です。ただし、その一点は、カテゴリーによっては打ち手の重心を動かすほどの大きさを持ちます。
目次
そもそも「想起」とは何をしているのか
まず前提を軽く共有させてください。買い手が何かを買おうとするとき、世の中のすべての選択肢を調べてから選ぶわけではありません。頭の中に自然と浮かんだいくつかの候補、いわゆる「思い浮かぶ顔ぶれ」の中から選ぶのが普通です。
この「思い浮かびやすさ」を、マーケティングではメンタルアベイラビリティと呼びます。ある場面が来たときに、自社ブランドがどれだけスッと頭に浮かぶか、という力のことです。
そして、その「ある場面」を具体的に切り分けたものがカテゴリーエントリーポイント(CEP)です。たとえば飲食であれば「急いで昼を済ませたいとき」「取引先を接待するとき」「一人でゆっくりしたいとき」は、それぞれ別のCEPです。同じ人でも、場面が違えば頭に浮かぶ店は変わりますよね。
つまり想起とは、「こういう場面のときに、あなたを思い出してもらえるか」という、場面と記憶の結びつきの話なのです。ここを押さえておくと、AIが入ってきたときに何が起きるのかが見えやすくなります。
AIが入ると、何が変わるのか
従来、想起の主体は買い手本人でした。「そういえば、あそこがあったな」と思い出すのは、当然ながら人間です。
ここに生成AIが加わると、想起の主体がもう一つ増えます。買い手が「近所でこういう条件に合う会社を教えて」と尋ねたとき、AIが候補を思い出して差し出す、という流れです。買い手の頭の中の「思い浮かぶ顔ぶれ」に加えて、AIの回答に登場する「顔ぶれ」が生まれる、ということですね。
大事なのは、これが想起の仕組みを壊しているわけではない、という点です。むしろ構造は同じです。ある場面(CEP)に対して、候補がいくつか浮かび、その中から選ばれる。この流れはまったく変わっていません。変わったのは、浮かべる役割を担うプレイヤーが一人増えたことだけです。
「AIが選ぶなら想起は不要」が成り立たない理由
「AIが選んでくれるなら、思い出してもらう努力はいらないのでは」と感じるかもしれません。ですが、AIも無から候補を生み出すわけではありません。世の中に存在する情報を手がかりに候補を組み立てます。
つまり、AIが差し出す候補に入るためには、AIがたどれる場所に、自社と「その場面」との結びつきがきちんと存在している必要があります。これは、人間の記憶に自社を残す活動と、目的においてよく似ています。相手が人間の頭であれ、AIの参照する情報であれ、「この場面ならこの会社」という結びつきを世の中に増やしておく、という点は共通しているのです。
だからこそ、想起の重要性は下がりません。むしろ、思い出してもらう相手が二種類になったぶん、丁寧に取り組む価値はむしろ増している、というのが率直なところです。
カテゴリーによって、重心は動く
とはいえ、すべての商売で同じように影響するわけではありません。ここが「一点だけ変わる」と申し上げた理由です。
AIに相談して決めやすいカテゴリーと、そうでないカテゴリーがあります。たとえば、比較の材料が数字や条件で整理しやすいもの、あるいは初めて買うので基準を持っていないものは、AIに頼る場面が増えやすいでしょう。一方で、実際に足を運んで確かめたいもの、その場の相性や信頼感が大きいもの、地域の口コミや紹介で動くものは、最終的に人間の判断が主役であり続けやすいと考えられます。
自社のカテゴリーがどちらに近いかで、力の入れどころが変わります。前者に近いほど、AIが参照する情報の中に自社の居場所を作る取り組みの比重が上がります。後者に近いほど、これまで通り、人の記憶と体験に残る活動が引き続き効いてきます。
中小企業として、今できる現実的なこと
大がかりな話ではありません。順番に整えていけば十分に間に合います。
まず、自社の「場面」を言葉にしてみることをおすすめします。お客様は、どんなときに自社を必要とするのか。その場面を三つか四つ、具体的な言葉で書き出してみてください。「安く」「早く」といった漠然とした言葉ではなく、「休日に急に困ったとき」のように、実際の状況が浮かぶ表現が理想です。
次に、その場面と自社の結びつきを、外から見える形で残していきます。自社サイトやブログ、地図サービスの情報、お客様の声など、公開されている情報の中に「この場面ならうちが役に立てます」という文脈を、無理のない範囲で丁寧に書いておく、ということです。これは人間の検索にもAIの参照にも同じように効いてくる、地味ですが確かな一手です。
そして、実際の体験の質を落とさないことです。AIがどれだけ賢く候補を出しても、最後に選ばれ、繰り返し選ばれるかどうかは、体験の良し悪しにかかっています。ここは昔も今も変わりません。
まとめ:主体が増えても、やることの芯は同じ
AIの普及で、想起という考え方が古びるわけではありません。思い出す主体が「買い手本人」から「買い手本人とAI」に増えた、ただそれだけです。けれども、その一点は、カテゴリーによって打ち手の重心を確かに動かします。
ですから、まずは自社のカテゴリーがどちら寄りかを見極めて、必要なところに丁寧に情報を残していく。派手なことよりも、「この場面ならこの会社」という結びつきを、人にもAIにも伝わる形で積み上げていくことが、これからも変わらず効いてくると考えています。
自社の場合はどう整理すればよいか、少し壁打ちしたいという方は、気軽にお声がけください。
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